大学受験失敗 4月から浪人1年生

ど〜も、節約と投資で経済的自由を目指す底辺の社畜です。

今日は、私にとっては、とても、とても重い話です。

結論から言うと、タイトルのとおり、今年度18歳になった娘が大学受験に失敗しました。

4月からは、親元を離れ、一人暮らしをしながら大学に通い始めるものと確信して疑わなかったのですが、残念な結果となってしまいました。現実は、大変厳しいです。厳しい世界ですね。

少し振り返ろうと思います。

2026年度(令和8年度)の大学入学共通テストは、2026年1月17日(土)・18日(日)の2日間に実施されました。共通テストの年度の見方は少し特殊です。受験するのは2025年度(令和7年度)2025年4月1日〜2026年3月31日ですが、その年度は大学に入学する年度で判断することになります。2026年1月17日(土)・18日(日)の共通テストの結果を使って大学に入学するのは2026年の4月ですから、2026年度(令和8年度)の大学入学共通テストという呼び方をします。

娘の大学入学共通テストの結果は、自己採点では900点満点中658点、得点率73%でした。これは、これまで何度も受けた河合塾全統模試の結果からすると、出来過ぎた結果です。おそらく偏差値で言うと55を超えていると思われます。57〜59ではないでしょうか。

この結果を受けて、塾で娘の志望N大学の判定を出してもらったところ、A判定、ぶっちぎりの1位でした。ぶっちぎりと表現したのは、2位との差が90点あったからです。

あまりに結果が良かったので、塾で更にランクが上のO大学だと、どのような判定になるかを見てもらったら、なんとこちらもA判定。

A判定とは、合格の可能性が80%以上ということです。ちなみにB判定は65%、C判定は50%、D判定は35%、E判定は20%以下、とされています。

私は、娘がもともとO大学に行きたがっていたので、落ちてもいいから二次試験はO大学を受けるよう勧めました。娘がもともと行きたがっていたこともありますが、4年後の就職の際の大学のネームバリューを考えたとき、N大学よりO大学の方が圧倒的に有利だと分かっているからです。

学歴フィルターは存在します。これは、一定以上の規模の企業に一定以上の期間勤めている人なら間違いなく理解できます。もちろん例外の企業はあるでしょうが、学歴フィルターは存在します。そして、娘がこれから就職をしたい企業が見つかったとき、そこに学歴フィルターがある可能性があるのです。

親なら間違いなく子どもの将来の可能性を広げるためにO大学を勧めるでしょう。とくに、今の高校生の親世代は面構えから違う「就職氷河期」からの生還者です。就職しても職を失ったしまったり、最初から非正規で就職した氷河期世代は、子どもを作ることすら困難でした。団塊の世代、その子どもである団塊ジュニアは人口比率が高いです。しかし、団塊ジュニアのジュニア世代の人口比率が低くなっているのは、団塊ジュニアが氷河期で子どもを諦めたからです。日本の急速な少子化は、ここから始まったのです。

話が逸れてしまったのでもとに戻しましょう。就職氷河期からの生還者は、就職に対する意識も面構えも違います。子どもには、就職で有利なポジションを掴んでほしいのです。それで残念な結果になったとしても、浪人する、後期日程で別の大学を受験するという選択肢もあります。とにかく、O大学もA判定、80%以上の合格可能性があるのです。

残念な話なのですが、結果として娘はO大学ではなくN大学を受験することを選びました。

更に話が遡ります。高校2年の春から、娘が決めた河合塾に通わせました。季節講座も含めて年間80万円。2年で約160万円を支払いました。下の上〜中の下程度の低年収の家庭には中々インパクトがある金額でした。

娘には4つ上の兄がいます。今年度22歳になった私の息子ですね。息子は「呪術廻戦」で有名になった高専(高等専門学校)に通っていました。高専は5年制です。卒業後は大学編入も勧めましたが、本人が就職を選びました。高専は国立なので授業料は安いのですが、寮に入っていたため学費はそれなりにかかっていました。娘を2年生から塾に入れることができたのは、息子が就職したことも大きかったと思います。

これだけの好機が重なった幸運を活かし、O大学を受験して欲しかった、というのは今も変わらない正直な気持ちです。今となってはどうにもならないことですが。

さて、大学入学共通テストの自己採点が終わり、二次試験の出願の時期になりました。娘は1月26日に、高校でN大学に出願の手続きをしたそうです。

そして、2月25日(水)の試験に向けて、奥さまと一緒に2月24日から現地入りしました。奥さまは、不動産屋と約束をしており、合格したら娘が住むことになる部屋の仮押さえの手続きなどで大忙しです。

そして、3月1日(日)は高校の卒業式でした。同窓生の中には、既にAO入試(総合型選抜)で千葉大学に合格している人や、私立大学に推薦で合格し、国公立大を受験しない人もいました。進路がすでに決まっている人の余裕感はオーラが違いましたね。

私も、余裕感側の気持ちでした。断トツ1位のA判定で2位と90点差。娘も、まだ進路が決まっていない友だちに対して、自分の進路は決まっていると余裕感を出していた、と後に述懐しています。とにかく、娘本人を含め家族の誰もが娘の進路について疑ってはいませんでした。

副担任が、「君たちは今まで毎日学校に来て、仲間と話したり勉強したりして、家に帰る。次の日、また学校に来たら、仲間と話しをしたり勉強したりすることができた。でも、明日学校に来ても、もう仲間はいない。君たちが、当たり前だと思っていたことは、実は当たり前の事じゃないんだ。すごく貴重で特別なことだったんだよ。」といった趣旨の話をしてくれました。日々の仲間との生活はとても貴重な時間で、その事に感謝しないといけない。そして、これからの生活でも、周りの仲間に感謝しながら日々を大切に生きていって欲しい、というメッセージでした。

そして、3月8日(土)午前10:00 N大学二次試験(前期日程)合格発表。

合格者一覧の中に、娘の受験番号はありませんでした。

奥さまは、目玉が飛び出るぐらい大きく目を開けて、「無い」と声を絞り出しながら、私にスマホと受験票を渡しました。

私も、スマホと受験票を見比べましたが、娘の受験番号はありませんでした。何回見直したか覚えていません。

娘は、自分の部屋で確認をしたようでした。泣いていました。

自分から部屋からは出てこなかったので、出てくるよう声をかけました。かわいそうではありましたが、これからの事を決めなければならなかったからです。

本人は、浪人したいと言いました。二次試験の後期日程が残っていましたが、合格しても行く気はなかったようです。

その日、すぐに河合塾の説明会の予約を入れました。午後4:00からです。

説明会の最中は、私も娘もまだ頭の整理ができておらず、内容があまり頭に入ってきませんでした。説明会の個別面談で、その場で契約をさせようとする担当者に怒りを覚えたのを記憶しています。河合塾に2年間通わせたのに合格させることができなかったのに、寄り添う気持ちすら見せず、キャンセルはできるからすぐ契約にサインしろと言ってくる態度に不信感を持ちました。河合塾の学費はオンライン個別を除いて年間約150万円です。

結局、サインはしました。ただ、これから代々木ゼミナールや北九州予備校の説明会にも参加するので、河合塾に決めたわけではない、と念押しして。

河合塾からの帰りに、チューターの大学生に会いました。3月いっぱいで河合塾のアルバイトは辞めるそうです。TOEIC含め学業に専念するために。3月中は相談に乗るからね、と言っていただきました。

娘は、河合塾に気持ちが傾いています。いずれにせよ、浪人1年生が確定しました。

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