【底辺社畜】娘の大学入学式に参列してきました

ど〜も!節約と投資で経済的自由を目指す底辺の社畜です。

先日、娘の大学の入学式に参列してきました。

学長の祝辞

学長の祝辞で紹介されていた2人の言葉がとても印象的だったので、備忘録として残しておこうと思います。

坂本花織(さかもとかおり)

一人目は、フィギュアスケート選手の坂本 花織(さかもと かおり/2000年4月9日生)です。

2022年北京オリンピック個人戦銅メダリスト、団体戦銀メダリスト。2026年ミラノ・コルティナオリンピック個人戦、団体戦銀メダリスト。世界選手権3連覇を含む優勝4回(2022年、2023年、2024年、2026年)、2023年グランプリファイナル優勝、2018年四大陸選手権優勝という輝かしい成績を残されています。そして、2026年3月27日に引退を発表されました。

祝辞では、「坂本花織さんは、誰に一番感謝しているか、と聞かれた時に、フィギュアスケートをやりたいと言った4歳の自分に感謝している、とおっしゃっていました。」と紹介されました。

引退発表をネットで調べたのですが、同内容のものを見つけることができませんでした。しかし、2023年1月の「GROWING/すべてのスポーツにエールを」で以下のようなインタビュー記事が見つかりました。おそらくこれが元ネタだと思われます。

「自分からやりたいと言って、好きで続けていたら、ここまで来た感じですね。1年ごとに新しい曲に挑戦して、慣れて自分のものになるまで練習して、頑張った結果として試合で勝てて……。この流れが快感というか、やめられません(笑)。また次、また次、と求めていくと、アッという間に時間が過ぎてしまう。その繰り返しです」

 好きと言い続けられる競技に出会ったことに幸せを感じるという坂本選手は「フィギュアスケートをやりたいと言った4歳の自分を褒めたいです!」と笑う。

「スケートなしの人生なんて考えられないですね。『4歳の自分すごい! よくぞ言った』って思います」

 銀盤で自分らしさを詰め込んだ演技を披露しながら、大好きなフィギュアスケートの魅力を伝え続けていく。

GROWING/すべてのスポーツにエールを(当記事は2023年1月に新型コロナウイルス感染症対策を行った上で取材・撮影を行いました。)より

横山温人(よこやまはると)

二人目は、県立岐阜商業高校3年生のとき、2025年夏の甲子園に7番ライトで出場した横山温人(よこやまはると/2007年生)さんです。

横山温人さんは、先天的に左手の指が欠損しているというハンデをもちながらも5歳から野球を始めます。小学校3年で地元のスポーツ団に入り、義手をつけて野球をプレーします。中学生になると、愛知県の江南ボーイズで更に野球に打ち込むことになります。そして、憧れだった、甲子園春夏通算61回出場、優勝4回(春3回、夏1回)の名門、県立岐阜商業高校に進学します。

そして2025年夏の甲子園、7番ライトでスタメン出場し、日大山形との初戦です。0-1の5回、1死二塁のチャンスで、横山温人さんのライト前への同点タイムリーから打線が勢いづき、この回に逆転。10年ぶりの甲子園勝利を飾りました。この勢いのまま快進撃を続け、県立岐阜商業は、甲子園ベスト4という輝かしい結果を残しました。

祝辞では、「昨年夏の甲子園で大活躍した県立岐阜商業の横山温人さんは、インタビューで誰に一番感謝しているか、と聞かれ、あきらめずに練習を続けた過去の自分に感謝している、とおっしゃっていました。」と紹介されました。

こちらは、元ネタをネットで見つけることができなかったのですが、2025年8月19日の毎日新聞電子版の有料記事で、“左手ハンディの県岐阜商・横山が美技 「昔の努力に感謝」 甲子園”という見出しがありましたので、8月19日、準々決勝で県岐阜商が延長十一回タイブレークの末に8―7で横浜(神奈川)にサヨナラ勝ちし、16年ぶりに準決勝に進んだあとのインタビューで、あきらめずに努力を続けた「昔の自分に感謝」という発言があったのではないかと思われます。

祝辞の要点

ここまでは、お二人の言葉の紹介です。祝辞では、次のように話が続き、

「あなたたちが卒業するとき、働き始めて歳をとったときに、この大学を選んだ今の自分に感謝できるような学生生活を送ってください。」

と締めくくられました。

この話に似ている

とても心を揺さぶられる思いでした。なぜなら、丁度YouTubeのショート動画でMLBで大活躍する31歳のダルビッシュ有投手のインタビューを見たばかりだったからです。

動画から文字起こしをしようと思ったのですが、ネットで元ネタの記事がありましたのでご紹介します。

「20歳の時、東京ドームで5点ぐらい取ってもらったのに簡単に追いつかれた。なんでこうなるねんって……で、東京ドームホテルに泊まってたから、水道橋あたりやったと思うけど、40歳になった自分がホームレスになって、お金もない、ご飯も食べられへんっていう状況を1回、自分で想像してみたんです」

「そんな時に神様がいきなり現れて『おい、お前、20歳の時のことを覚えてるか? あの頃に戻りたいか? 1回だけチャンスやる。その代わり、できること全部やらへんかったら、またここに戻すぞ』って言われたら、誰でも絶対戻るでしょう? で、僕はパッと目を開けて、たった今、神様のお陰で20歳の自分に戻って来たっていう体(てい)にしたんです。そしたら、もう未来が見えてるし、当時の僕はプライドも高かったから、『このまま終わるのはどうしても嫌や、ホンマにちゃんとやらなアカン』と」

「同時に考えたのは『俺、今までの人生一瞬やったな』ってこと。『ヤバイわ、これ、たぶん、気づいたら一瞬で40歳になってる。その次はすぐ60歳やぞ、一瞬やんけ!』って。時間ってたぶん、経ってみるとメチャクチャ速いし、人生の時間て意外と短いんじゃないかって思ったんです」

NumberWebメジャーリーグPRESS 2019/8/12 ダルビッシュはほぼ“転生者”?20歳で想像した「全てを失う人生」より

ショート動画では、実際にダルビッシュ有投手が喋っていて、「今までの20年間は一瞬やった。」「これからの20年も絶対一瞬で過ぎる。」「このままやったら2流か、いいとこ1.5流の選手で終わる。」と、もっと現実的で具体的な内容だったと記憶しています。

そして、実際に40歳になった時のダルビッシュ有投手は、間違いなく20歳の自分の選択と努力に感謝していたに違いありません。

やらなければならない

ここまで紹介した方々と比べるのはおこがましいのですが、私も決意を新たにしました。

節約と投資を始めたのが42歳の時です。それまでの人生は、本当にあっという間でした。そして、それからの6年間もあっという間でした。

あと何年後か分かりませんが、必ず経済的自由を手にします。この選択をしたこと、そして努力を続けたことは、経済的自由を手にしたときの自分に、きっと感謝されると確信しています。

子どもに奨学金という借金を背負わせることなく大学を卒業させ、できれば孫にも同じように奨学金を背負わせることなく、大学や大学院を卒業させてあげたい。

親として、子どもや、その先の世代にも、希望する進路を諦めさせることは、したくありません。経済的な理由で、したいことができない不自由を感じさせたくありません。

少なくとも、自分の老後は自分で面倒をみます。子どもに経済的な負担をかけるような事があってはなりません。そのうえで、自分がいなくなった後に、子どもや、その後の世代が経済的な不自由を感じない程度の資産を残せたら理想的です。

ここまでは自分の話。

子どもには、祝辞にあったとおり、未来の自分に感謝されるように生きてほしいと思います。

間違っても、未来の自分に「昔の自分、バカ!」と思われるような生き方はしないでくださいね。

「あなたたちが卒業するとき、働き始めて歳をとったときに、この大学を選んだ今の自分に感謝できるような学生生活を送ってください。」

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