石垣島の観光スポット『仲道(なかどう)の三番アコウ』について、記録を残しておこうと思います。
2021年7月23日。石垣島を暴風域に巻き込んだ台風6号(In-fa:インファ)によって、大木『仲道の三番アコウ』が倒れてしまいました。
石垣島を直撃した時点で、中心の気圧は955ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は40m/秒、最大瞬間風速は60m/秒、時速15km以下という非常にゆっくりとした平均移動速度でした。
ニュースでは、自転車並みの移動速度と表現されていました。
長い時間、台風が居座ったために被害が拡大したようです。
市教育委員会の説明によると、木は樹齢200~250年と推定されるオオバアコウで、古くから道しるべや人々の憩いの場として親しまれてきた、とあります。
私自身も、信号待ちのときに木陰に入って日除けにしていた身近な存在でしたので、とても寂しく感じています。
くしくも『第32回近代オリンピアード 東京オリンピック競技大会』の開会式の日であり、テレビでは宮古島・石垣島を直撃した台風の報道はほとんどありませんでした。
しかし私にとっては、オリンピックと台風という二つの意味で記憶に残る日となりました。
『仲道の三番アコウ』について、もう少し詳しく説明しておこうと思います。
敷地には石碑があり、石垣市教育委員会が説明のパネルを設置しています。パネルは、平成26(2014)年3月に設置されたようです。文字が読みにくいので書き出してみました。
石垣市指定文化財/史跡
平成3(1991)年11月13日指定
仲道の三番アコウ
この巨樹は、三番アコウと呼ばれ親しまれている推定樹齢200〜250年のオオバアコウである。
仲道とは字登野城の小字名で、三番アコウが生えるこの場所は、登野城から平得、真栄里への道路の分岐点にあり、古くから道しるべとして、また、アコウが作る心地よい木陰は、農作業帰りや行商の人々の憩いの場として親しまれてきた。かつては、三番アコウから西100mの分岐点に二番アコウ、さらに西100mの分岐点に一番アコウが生えていたが、現在は三番アコウのみが残っている。
三番アコウの側には、八重山を代表する民謡「トゥバラーマ」の歌碑が建っており、仲道にゆかりのある歌詞が刻まれている。
なお、この地域において許可を得ることなく現状を変更し、または保存に影響を及ぼす行為をすることは石垣市文化財保護条例で禁じられています。
平成26(2014)年3月 石垣市教育委員会 文化財課
そして、文中にある「トゥバラーマ」の歌碑がこちらです。
歌の部分を拡大したものがこちらです。
こちらも読みにくいので書き出してみました。
なかどう道から
ななけぇら
かよんけ
仲筋かぬしゃま
そうだんぬ
ならぬ
「トゥバラーマ」の歌詞
訳すと、
“なかどう道を 7回も 通ったのに 仲筋乙女は 相談も できない”
となるようです。純情な仲筋の乙女の恋心を唄った歌のようですね。
ロマンチックだね。
それでは、実際の『仲道の三番アコウ』の元気な姿と、台風の後を見ていただこうと思います。
大きさで圧倒しながらも、石垣島の強烈な日差しを和らげてくれる憩いの場でした。
幹の真ん中から裂けてしまっています。道路にはみ出した部分は切断され、後ろの草むらに積み上げられています。
別の角度から見てみましょう。
横断歩道の手前に、しっかりと日陰を作ってくれています。
日陰を作ってくれていた部分は折れて地面に横たわっています。そして歩道を塞いでしまっています。
この角度からだと、幹の真ん中から避けていることが確認できると思います。
もう少し近づいています。
完全に歩道を塞いでいます。次は、裂けた部分に近づいてみます。
写真では分かりにくいですが、真ん中に少し空洞があります。水が貯まると腐ってしまう事が考えられます。
今後、どのような処置がされるのかは分かりませんが、腐ってしまうと突然折れて通行人が怪我をすることも考えられます。
一番アコウ、二番アコウともに現存しないということであれば、三番アコウだけでも保存する方法があればいいのですが、危険性を考えると伐採もやむを得ません。
伐採することになっても、この緑地は残して再度アコウを植樹して欲しいというのが島民の方の願いではないでしょうか。
社畜の撮影中にも、何人もの方が撮影に来られていました。
憩いの場として愛されていたことを実感しました。
今回は、石垣島の観光スポット『仲道の三番アコウ』を紹介しました。
空襲に耐え、台風に耐え、200年以上も島民の憩いの場であった『仲道の三番アコウ』。今後どうなるかは分かりませんが、石垣島に来られた際には立ち寄って、面影だけでも感じていただけたらと思います。
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